2017年08月28日

英語の「ことわざ・格言」を知ろう〜



英語のことわざ・格言

最近「英語」関連の中で、英語のことわざ・格言などを話したり学んだり
する機会がありました。

〔慣用語〕an idiom とはまた違って、様々な人々の言葉は
実際に胸に響くものがあります。

ちょっとご紹介しましょう

If you can dream it, you can do it.
夢見ることができれば、それは実現できる
- Walt Disney (ウォルト・ディズニー) -

これは・・・2005年のDrakiesの愛知博来日に関して、痛感
したことです。
いえ・・私以上に主人が このディズニーの格言を知らず知らずに
言葉にしていました。



It always seems impossible until it’s done.
何事も成功するまでは不可能に思えるものである。
- Nelson Mandela (ネルソン・マンデラ) -

これは、尊敬するネルソン・マンデラ氏の言葉。実感として
いつも思っています。



Peace begins with a smile.
平和は微笑みから始まります

Love is doing small things with great love.
愛とは、大きな愛情をもって小さなことをすることです。
- Mother Teresa (マザー・テレサ) -
(カトリック教会の修道女、ノーベル平和賞受賞 / 1910〜1997)




My true religion is Kindness.
私にとっての真の宗教とは思いやりの心だ。
- 14th Dalai Lama (ダライ・ラマ14世) -
(チベット仏教の最高指導者、ノーベル平和賞受賞者 / 1935〜)




Before you point your fingers, make sure your hands are clean.
指をさして人を非難する前に、君のその手がよごれていないか確かめてくれ。
- Bob Marley (ボブ・マーリー) -
(ジャマイカのレゲエミュージシャン / 1945〜1981)




All we’re supposed to do, I feel, is try to make people happy. This is music that belongs to all of us, not just black or white ? and I’m proud of it.
僕らがすべきことは、人々を幸せにすることなんだ。音楽ってのは黒人のものでも白人のものでもなく、みんなのものさ。僕はそれを誇りに思ってる。
- Art Blakey (アート・ブレイキー) -
(米国のジャズドラマー / 1919〜1990) 




We don’t stop playing because we grow old; we grow old because we stop playing.
年をとったから遊ばなくなるのではない。遊ばなくなるから年をとるのだ。
- George Bernard Shaw (バーナード・ショー) -
(アイルランドの劇作家、ノーベル文学賞受賞 / 1856〜1950)

色々な英語での格言・・英語と日本語に「なるほどね〜」と頷きながら
とても言い当てている、人生に大切な言葉だと思います。

そっか〜私が遊ばなくなったら(行動するという意味で)年取っちゃうのかぁ。

で・・・・これで終わり?と思いきや・・・


お懐かしや〜!
2005年の卒業の頃の写真をUPしました。


さあさあ・・・誰かな?分かるでしょうか?


DSCF2407 (460x345).jpg  

DSCF2432 (345x460).jpg

DSCF2466 (460x345).jpg

DSCF2492 (460x345).jpg



イアンとマイケルが、あの暗い夜道の学校から、私たちのコテージ
(徒歩10分くらいかな)までいつも送ってくれていたあの日、あの時・・・

DSCF2484 (350x263).jpg
送って頂いたコテージの前で・・・(顔にお★を失礼します)

DSCF2485 (350x263).jpg
写真が暗くなって顔が見えないから、このままUP。


『学校に戻るあんたたちが心配だから、送ってくれなくても大丈夫!』
と遠慮でなく、本当にそう思っていたのですが
『僕が送っていきたんだから〜!Bunnyにも許可貰ってるし』
と何とも親切だけれど、強引だったあの子達。

子どもなのに、子どもでない。
優しさが半端じゃない時代だったなあ。
そして、コテージまで送ってくれると、また彼らは真っ暗闇な道を
帰って行ったのです!


大切に片付けてはいましたが、最近、あまり日の目を見ることのなかった
写真でした。

この時代もそうでしたが、2003年頃・・・この2005年辺りもそうだったかな?
友だちとおしゃべりしたり、本を読んでいたDrakieたちの前を、私が通ると・・
Boysはスクッっと立ち上がって「Hello,Ma’am」とニッコリ挨拶していました。

挨拶は・・OK。嬉しいし可愛い。
でも、彼らの前を通る時に、立ち上がられると「およよ・・・何?何?」と
最初はとても気恥ずかしい気持ちになりました。
「Ma’am」と呼ばれるのも慣れましたが、始めはやはりマダムだってぇ?
と日本人的に、「natal(名前)」と名前で呼ばれる方が気楽でしたが
今も、女性に対して・・DrakiesはMa’amを使います。

注:「Ma’am」(英語圏では成人の女性に、敬意を表してMa’amを使います。
既婚・未婚、年齢に関係なく、「成人女性」「大人の女性」という意味でMa’amを
使うことがあります。それは、相手に敬意を表していることを、親しみを込めて
表現しているので、おばさん呼ばわりではなく、決して失礼ではないのです。


2007年あたりから・・・携帯電話所持も許され、自由時間も暇人でなく
なったBoysは、かつてよりも「ベンチから立ち上がって挨拶」は
少なくなりましたね。
ある意味、大人と子どもの垣根が低くなった?

とにかく・・・・
2004年〜2005年の頃のブレザーの写真が見たい・・・なんて声に
つい反応してしまう私でございました。

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南ア&ドラケンスバーグ少年合唱団「応援」そして日々の戯言・・・
posted by natal at 23:59| Comment(9) | Drakensberg Boys' Choir | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

1992年ポーランドでの「音楽祭」



TBS「世界ふしぎ発見」でのご案内でもありましたが・・・・

以前のDrakiesの紹介文でも
「ウィーン少年合唱団」を抑えて世界一になった
と書いてあり、果たして「ウィーン少年合唱団」がそういう
音楽祭やコンぺティションに出ていたのかしら?と
「Drakiesサポート」ながらも、不可解な気持ちがありました。

そして本心は・・・
「ここより人気を博した」とか「有名合唱団を抑えて一位になった」
等のアピールは、あまり好きではないです。

また、それ以前に「ウィーン少年合唱団」と共演をしたことある
のかしら?とまで思っていたのです。

そうしたら・・・(以前にもご紹介したと思いますが)

1992年のポーランドでの「合唱音楽祭」の動画があったのです



音も画像も、超悪い。

でも、本当にこんな「音楽祭」があったのだと納得しました。

こんな凄い時代、そりゃ、人気を得るはずだわ!
だって・・・
Clint Van Der Lindeですよ。
Jacques Imbrailoですよ。


彼らが在籍していた時代なんて、夢のような黄金期だったのでは?
この時代を実際には知らないので、悲しいけれど。

それにしても、この時代のウィーン少年合唱団の歌声・・
ほんの少しだったけれど、妙に懐かしい気持ちになったと思ったら
おそらく1992年来日のシュタンゲルベルガー氏のWSK
。まだ昔スタイルのWSK。古い人間にとってはこれが懐かしいのですわ。

さて、さて・・・
でも、動画の質が悪いのか、閲覧してくれている人が少ない。
こんな貴重な時代を是非、知って欲しい。


音悪いけど、見て欲しい。ウィーンもポーランドも 勿論
Drakiesも、集って歌った音楽祭!

今の時代も、Drakies参加のこういう「音楽祭」があったら、きっと
観客は大喜びだと思います。
キレイな声、感動する歌声は、勿論 とっても素敵だけど・・・

Drakiesって、なんだろうね?  
色々な「顔(音)」が有り過ぎてビックリなのよね。

そう「圧巻なパフォーマンス」「キャ〜楽しい」と思いきや、
『花は咲く』は、今まで聴いた中でも、特に素晴らしいドラキーサウンド
で感動しました。言葉で表わすのは、本当に難しい。
この歌声「花は咲く」を・・勿論、いかにも「Drakies」の歌声全般を
是非、皆さんにお届けしたい。

Drakiesも、沢山「歌声」を残しておくべきだと切に思います。

放置してある録画もの(以前は8mmビデオテープ)
今はSDカード、何とかしなくては!と思います。
特に、Bunnyの「音の歴史」は 絶対に保存すべきだと・・。

私の持っているもの〈録画〉もアーカイブ(archive)しなくては
と今また痛感しているところです。

もう・・・個人の所有物ではすまない。
一つの「音」「記録」Drakiesの歴史として残さなくてはと!!

2017-04-30 12.04.46-2 (500x383).jpg

「山の音楽祭」の時のものですが・・・
日本ツアーで、セス、マイケル等の名前を何とか覚えたけれど
現地では「卒業生、来たね〜。久し振り!」って 今のBoysの名前を
全然覚えようとしない駄目natalです。
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posted by natal at 00:05| Comment(2) | Drakensberg Boys' Choir | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月27日

TBS『世界ふしぎ発見』のDrakiesが!!



来週の「世界ふしぎ発見」お見逃しなく。

最終コンサートで「TBS」のカメラが入っていましたが
この『世界ふしぎ発見の為かな?』と思っていたら、現地でも取材したらしい。


その歌声を聞きに、世界中から
観光客が訪れるという少年合唱団をレポート?

 「世界ふしぎ発見」HPより・・・
少年合唱団というとウィーン少年合唱団が有名ですが、彼らをおさえて世界的
なコンクールの最優秀賞にも選ばれた少年たちです。
当たり前ですがめちゃくちゃ上手で、声もあまりにきれいで「あれ、女の子が
交じっているのかな?」と思いました(笑)。ライオンキングを歌ってくれた時
には、ディズニー好きの私は感動のあまり泣きそうに…!
そんな合唱団のメンバーだからやっぱり何か違うのかなと思って、音楽の趣味を
聞いたり、寮生活のお部屋を見せてもらったりすると、そこは
「あ、普通の男の子なんだ!」と分かりました(笑)。
でも本当に素晴らしい歌声で、今まで聞く機会のなかった少年合唱団にとても興味
を持ちました!


その歌声を聴きに世界中から観光客が訪れる・・・うんうん
そうだよ。
ウィーン少年合唱団はかなり前からオーストリアの少年が入団減少した
ことから、世界中の少年が団員として入団している昨今。

アメリカでも老舗の「アメリカ少年合唱団」さえも団員減少で
休止・・・・消滅の危機に見舞われる「少年合唱団世界」。

実は実は・・・南アフリカって、すごい「合唱大国」なのです。


もっと前からヨーロッパやアメリカではドラケンスバーグ少年合唱団
の熱心なファンがおりましたが、日本ではツアーはあっても、あまり
注目されていなかったと思います。

最近、ちょっと注目されてきたかな?


私は、以前は、色々なBoys Choir」を聴いていましたが
(今だって機会があれば聴きますが)・・・
Drakiesを聴いていると、他に物足りなさを感じてしまっていました。
(あっ、これは私の単なる独断です。他にも優秀な素晴らしい合唱団はありますが)

とにかく・・来週のTBS「世界ふしぎ発見」お見逃しなく!!!!!

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posted by natal at 11:07| Comment(8) | Drakensberg Boys' Choir | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月26日

思い出のDrakies〜Bunny時代:2004年




思い出のDrakies〜Bunny時代:

紹介したビデオクリップから最近Drakiesファンになられた
方々・・・喜んでいただけるかな?

Upしてあった動画でしたが・・・詳細も書かず、放置していました

2004年 Cape Town近郊の小さな町でのコンサート

Drakensberg Boys Choir 2004 Noel Tour 投稿者 cs

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

注:すみません (8/26・9時半動画を更新しました)

「プライベート動画で見られない
というメッセージが入っていました。

非公開は「埋め込み動画」では見られないのかなぁ?
でも、下記のURLで試してみてください 
http://dai.ly/k1SihG6UW0FfXf9KzKx
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

前述通り、この動画のコンサートはケープタウン近くの小さな町での
コンサートです。
コンサート用の音楽ホールでなく、現代的な教会でだだっ広いだけの
ホールでした。

でも、この日のコンサートは大好きです。

Bunnyは、いつも通り、とてもフレンドリーで、当然英語ではありますが
メンバーや、歌の時のパートについて等、色々な説明をされて
英語が完璧な方は、凄く楽しめると思う。
ただ・・・残念なことに観客が少なかったですね。

この時ケープタウン滞在はNine Flowersというゲストハウス
の宿泊しました。ホテルよりお安くて、中心部に近いホテル。
ドイツ人の方の経営です。
http://www.nineflowers.com/

B&Bに、空港の送迎もお願いしてありましたので、安心でしたが
遊べるウォーターフロントまではタクシーを使わねばならないのが
不便でしたね。

この日、同じB&Bに泊まっていたドイツからのモニカさんと
コンサートに一緒に行けたのです。本当に幸運でした。

朝食でかち合って、B&Bオーナーが「彼女も今一人旅だよ」と
紹介して下さって、ケープタウン滞在中は一緒に過ごせたの。

レンタカーを借りていたモニカさん・・・。
コンサート会場は、Cape Townの街中からは、かなり遠いところでしたが
モニカさんのお陰で、安心して聴きに行くことができました。

ケープタウン滞在中・・・ロベン島にも行ったり、夕飯も一緒に出かけました。
ケープタウンでも夜のロングストリートに一人で繰り出すことはさすがに躊躇われる。
でも、モニカさんと一緒だと安心して食事にも出かけました。

とにかくもコンサートも一緒に聴けて、Happy Timeでした。

この時の動画の題名など書き足しつつ、彼らの歌声をあらためて
聴きながらBunny初め、スタッフ、Boys・・泣きたくなるほど懐かしくて

そして「やはりとても魅力ある合唱団だった・・良い時代だった」
再確認しました。

ソプラノの見事なソロと合唱が、15歳までの若い重厚な低音部が
重なり、ドラキーズ独特の「音」「ハーモニー」を醸し出していた。
すっごく好きだとあらためて思った歌声です!!

「大好きだ〜」とあらためて思いました。

あの時代に、あのステージに居たこと、本当に幸せだった。

Bunnyは世界のどこに出しても、素晴らしい音とステージを作り
だせる稀有な指揮者&指導者だったと思います。

学生時代、英国にも留学していて、その時代に同級生だった方は世界的
な指揮者になっている方もいます。
Bunnyの家に遊びに行った時、その指揮者さんが、おられて
(奥様はバレエ指導者)はじめ何も分からなかったのですが、後で
調べたら「フランスの著名な指揮者さん」でした。

Bunnyは南アフリカの「少年合唱」「合唱」「スクールChoir」への
指導に生涯を捧げてきました。
「合唱」の指揮で世界的な名声を得るほどの指揮者だったと
思いますが、Bunnyは「Drakies」に命をかけてきたのですね。

自分のポリシーで生きてきた。指導してきた。


以前・・・確か2003年「アメリカツアー」を行った時のことを
お聞きしたことがあります。

Bunnyはコンサートでのステージで、頑としたイメージとポリシーが
あるわけで、その辺で、あるコンサート会場で主催者と争ったと・・・。
主催者にコントロールされない頑とした意志でコンサート作りをして
いたのですね。

ボーイズにも「音楽的」にはものすごく厳しかった。

でも、Free Timeの自由さは「大丈夫?」と思えるほどで、Boysを
解放す先生でした。

少年たち自ずから、大人のサポートや支持なしでグループでの少年たちと
決まりの中で行動する。そこから自立も確立して行ったようです。

ただし自由時間での集合時間には厳しくて「遅れると罰金10ユーロ」等
言われました(勿論、口だけですが)。

とにかく、当時のDrakiesはワイルドで自由で
歌の超上手い、歌(音楽)なしでは生きていけない「普通」の子達でした。

2004年イギリスツアーでは・・・
私も買物(ウィンドウショッピングでも!)をしていると、つい時間を
忘れてしまい、集合時間間近・・・Boysと走りました、走りました。



でも、廻りを見ると、Bunnyも一緒に走ってたのね(笑)
皆、は〜は〜言いつつ、何とか間に合ってバスに戻ると・・・
バスでは、ポネル氏(当時の校長先生)が我らに待ってました・・と
ばかりに(はい、Bunnyも一緒)『罰金10ユーロ』と言われてしまった。
勿論、それも冗談ですけどね。
あ〜懐かしい。胸が痛くなる。

昔を懐かしむ・・なんて年寄りじみていますが(既に年寄りかい?)でも
やっぱりあの時代大好き

過去の動画だけで、生きて行ける

余談ですが・・・過去のDrakies話題が出来るお友達へ・・・
きっと左側のバックコーラスの何人かの歌う姿にも「郷愁」を感じているのでは?
・・・なんて思っとります
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posted by natal at 00:12| Comment(2) | Drakensberg Boys' Choir | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月24日

ありがたや〜!感謝です〜



今回のDrakiesツアーで、嬉しい驚きが一つありました。

「どうしているかなぁ?」・・とずっと探していた1997年から
の若いDrakiesファンのお友達が・・・
最後の文京区のコンサートに来られていたのです。


コンサート後、Boysがロビーで歌った・・ロビーストーム



さすが最後の日は歌ってくれた・・・と、私がぼ〜っと
していた時、一人の方が声をかけてきました。

お顔を見て驚きと共に嬉しさで一杯でした。彼女だったのです

彼女との出会い・・・?
話せば長いことながら・・・
1997年、私は地元でコンサートを聴いて驚き感動でいっぱい・・
とにかく、どこかでまた聴きたくて、どうしようもなかった・
それが「交通の便」が悪い足利でした。距離的には近いのですけどね。

独身時代はいざ知らず、当時、一人で一泊で出かけることも殆ど無い時期。
しかしながら、「南アフリカだよ」「もう聴けないかもしれないよ」
そんな思いで、家族にお願いして出かけて行ったのです。

初めて聴いた新潟で、わずかな時間だったにも関わらず、Vaughan van Zyl
先生が、とても親切で、2日目のコンサートの後「ホテルのお食事の時に
おいで」とお気楽な感じでご招待頂き、ケーキとコーヒーをご馳走になりました。

一緒に行った知り合いと共と 彼らの夕食中、歓迎して頂き、
計36人ほどのBoysの長いテーブル2つの正面に座らせて頂きました。

ご招待を受け、歓んで行ったにも関わらず、かなり硬くなってしまい
有り難いのですが、どうしたら良いか分からない気分でした。

でもフレンドリーな先生とBoysですぐに気分も解れ・・・コンサート
後の夜遅く、元気一杯なBoysと短いながら楽しい時間に感謝。

「明日も来る?明日新潟を発つんだ」「またどこかコンサートに来る?」と
聞かれても「多分、無理」と答えるしか出来なかった。

それでも、歌声と共に元気なBoysが忘れられず・・
翌日は、出勤の時間に間に合う時間で(また仕事への途中の)
ホテルにちょっと顔を出すことができました。

そこで、なんと・・・ホテルロビーで先生の指示でBoys・・
わさわさ集まって並んだ。
「何?何?」と思う私。
そんな私の反応にお構いなしに・・
なんと・・私一人の為に「ショショローザ」を歌ってくれたのです。
感激するよりも、まずビックリした!

「ここで歌って良いの?」と心配したけれど、Drakiesはケセラセラ?
歌ってくれたのですよ! 勿論ホテル側のお咎めもない。
むしろロビーに居た方々も大喜びしてくれました。
ホテルの方もね、ニコニコと拍手していました。

これが私の始めて出会った南アフリカのDrakies。

とにかく、コンサートは素晴らしく、合唱団先生&Boys共にフレンドリー。

自分の中で「もう行けない」「無理」と思いつつ、もう一度聴きたい。
でも、その気持ちを我慢しようと努力しました。
でも無理でした

聴きたくて、聴きたくて、仕方がない。
こんな気持ちは、当時久し振りのこと。


そして、ついに週末にあった足利公演に行ってしまったのです。
当時は、いろいろなところで、コンサートしていましたね。

足利公演の前に「いくつもの合唱団と交流会」をやっていたようで、
私が会場に着いた時、すでにドアも開いており・・・
主催の方や交流会に参加の合唱団の皆様が「入っても良いよ」と
気さくにご案内下さった。

その時の様子を見ることもできましたが、すでに交流会は終わり、
多くの団体との記念写真撮影が、繰り返し繰り返し行われていて、
Boysはかなり疲れていた様子でした。

その後・・・リハーサル。


その合間に、新潟でお会いした合唱団スタッフのユードル先生が覚えて
いて下さっていて「聴きにきてくれたんだね」と喜んで下さった。

今も、ユードル先生とは交流が続いています。
当時は奥様とスタッフとして来日していたのですが、今はオーストラリアに
お住まいで、2人の息子さんと幸せに暮らしています。
ユードル先生は、ヴァイオ二ストでもあり、当時はホームページなども
手がけていた先生です。

おっと、話がアチコチ飛んでごめんなさい。

その「足利」でのコンサート後お会いしたのが、彼女「AKIKOさん」

彼女もコンサートに大感激していました。
「今迄聴いた、どこよりも上手で、楽しいコンサートだった」・・と。

コンサート後、ホール近くのレストランで食事をしていた合唱団。
下のロビーでAkikoさんと「コンサート良かったね」と話していると・・・

当時の団員で、ショーン君が私を迎えに来てくれた。
「友だちだから、先生がnatalを呼んで来いって」・・・と。
なんて温かい合唱団なんだ。

呆気に取られながら、ショーンについて行った私。
すでに食事は終わっていて、Boysはテーブルにあった「おみくじ」を
引いていた子が数人。
その「意味」を尋ねられたり、その対応をしているうちに、食事の時間も終了。

その後・・彼らはバスで東京へ向かうとのこと

実はAkikoさんは東京から来ていたのです。
そして彼女も その日のうちに東京に帰らなくてはならない。

電車時間を気にしつつ・・・「一緒に東京まで行きませんか?」と。
そうだよね。何の計画もせず、来た足利。
足利の駅前のビジネスホテルでも泊まろうか?等、本当に無計画。

でも、東京まで行ってしまえば、帰るのも楽だね。・・・ってことで
Akikoさんと私も東京への電車にご一緒することにしました。

電車の中での状況は実はよく覚えていません。
コンサートの感動を話し合った覚えはありますが・・
多分、最終電車で疲れて、ウトウトしてたのかも?

そんなAkikoさんと今回再会できた。嬉しい嬉しい再会でした。
2001年にお会いした後・・・ずっと御無沙汰だったのですから。
(実は1997年の後日談もあるのですが、それは、また続きで書きますね)

そして、今日・・・ブログコメントを頂いているJackeyさんからお手紙
が届いていました。本当にありがとうございます。
1年ほど前に、動画で「Drakies」を知って、その歌声を好きになって
下さったとのこと。

なんて、嬉しい。
名声もなく、日本では知ることのない合唱団でしたが、私は、応援し続けて
良かった・・と本当に思います。

私にとっては、今回の「来日公演」によって、皆さんにDrakiesを
知って頂けたことも有り難いのですが
2002年のフルChoirでの最後の来日、そして2005年にChamber Choirで
来日・・その間、私は空白なく、彼らの歌声を聴き続けてきました。
応援し続けてきました。

そして・・彼らの歌声をご紹介したくて、可能な限り、Youtubeなどで
UPしてきました。

動画のUPの仕方も良く分からない状況でありましたが・・
一番最初の動画は「2005年愛知博の野外コンサート」。
今見ると、画像も汚く、まったく彼らの本来の良さを伝えていないなぁ
と自己嫌悪にも陥りつつも、できるだけご紹介していこう・・と。

そして・・それによってDrakies「ファン」が生まれていたこと、
驚きであり、有りがたい気持ちで一杯です。

昨年12月にお会いしたハンガリーの方も、私の動画がキッカケで
Drakiesを知った・・と仰って下さった。

前にもご紹介しましたが、この動画です



当時、Bunnyが、大らかな方だったのか?「natal,動画のUP、OKだよ」
と。
私が彼らの歌声が大好きで、Bunnyがツアーでの同行を許してくれ
録画も許してくれ、そして、それをUPして来れたことで、多くの方々に
Drakiesを知って頂けた。

やっぱり、Bunnyの大らかさ・・・ご自身の音楽への自信が
「ドラケンスバーグ少年合唱団」の素晴らしさを世間に知らしめた
大きな要因だと思います。

彼らは、数年前のDrakiesです。すでに皆卒業しています
DSCN4559 (500x375) (2).jpg
子どもの成長はあっという間ですね。

今も素晴らしい歌声を聞かせてくれていますが、過去の「歌の歴史」を
残すことの大切さを今、また痛感しています。


2004年12月 ケープタウンにて

ご協力下さった合唱団のスタッフも勿論・・・
Drakiesの歌声に関心を持ってくださった皆様、Drakies音楽を認めて頂き、
本当にありがとうございます。とっても嬉しいです。
心から有難う!と言いたいです。そして、これからも「応援」お願いします。


なんだか、取りとめもない話になってしまい。すみません。

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posted by natal at 00:15| Comment(2) | Drakensberg Boys' Choir | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする