2017年09月02日

Phoenix Boys Choir (USA)2009年



July 2009 Phoenix Boys Choir (USA)
concert in Niigata


今年のには、Drakiesコンサート聴くのに忙しくしていましたが
そういえば・・・8年前の7月は反対に「主催者側」として、本当に多忙にコンサート
主催の準備をやっていたんでした。

フェニックス少年合唱団アメリカですよぉ

でもね、確か、来日公演するその数年前、Drakiesのアメリカツアーでのこと
・・Drakie団員たちがアリゾナ州でフェニックス少年合唱団の団員宅にホーム
ステイしたことを聞き、「こりゃあ、私たちもお世話しなくては!」と思い
「やる?どうする?」と相談しつつも、意外に軽い気持ちで引き受けてしまった
のです。

ただ、ホールのレンタル料金、ピアノ、楽屋、交流会の部屋等・・・
お金が発生することも多いのですが、赤字になるかどうかはちょっと
問題ではありましたが、このコンサートツアー自体が「ビジネスライク」でない為
大きな負担にはならないという希望的観測をもって「We can do it」

まあ・・・それでも大変なことには変わりありません。
こういう主催をビジネスにしている「音楽事務所」・・・
日中、そういう主催の為の準備等が「仕事」である音楽事務所。

それを仕事が終わってから夜やる・・・とんでもない大仕事でした。
それも、無償ですものね(これに関しては、あまり気になりませんが)。

仕事から戻って、まず「ホール探し」から始まり・・・
「チラシ作り」「チケット準備」「ホームステイの募集」等、やることが
山積みでした。
その年から、1969年以来欠かしたことのなかったウィーン少年合唱団の
コンサートにも行かれなくなった。


でも、良い経験になったので 本当に良かったと思います。
主催しながら、ステイの子を2人受け入れた。
これは自分でも良くやった・・と思うわ。でも主人と
「主催は大変だけどステイさせたいよね」という意見が一致したのです。

そして、コンサートの録画は、知り合いのプロカメラマンの方に
半ボランティアでお願いしました(これは序章)。



もともと、ローカルテレビ局の制作をされていた方なので、カメラ
もTV局用。
編集がとにかくカッコイイ〜


当然お金は発生しましたが、それでも本当にほぼ実費に近い金額でお引き受け
頂いたのにこのカッコ良い録画と編集には大感謝でした。

今年のDrakiesも彼が録画してくれていたら、どんなに素敵だったろう・・と
つい想像してしまいます。

そうそう、フェニックス少年合唱団のコンサートを決めたもうひとつの理由は
指揮者が『シュタンゲルベルガー氏』

そう・・・1992年のウィーン少年合唱団の指揮者です。
そして、その時、娘や息子をコンサートに連れていったのです。
(コンサートには慣れているので)娘はその年、ペンフレンドがいて
(そんなにファンじゃないけれど、彼女も合唱部だったの)は
シュタンゲルベルガー氏が 「個人的に合唱団に会うのは難しいから、楽屋に
いらっしゃい。何か問題があれば、これを見せて下さい
(と名刺を頂きました)。
私が会いたいとも伝えておきます」 
との配慮をして下さった。

地元のコンサート後・・ホールスタッフに伝えると、ご丁寧に楽屋に連れていって
頂きました。
バックステージの指揮者の楽屋と、団員の楽屋から出てきたシュタンゲルベルガー氏
と娘のペンフレンドとお会いでき、お陰様で少しの時間でしたが交流できました。
それをホールの方もテレビ朝日のスタッフさんも微笑ましく見て下さって
いました。

SCN_0028 (420x294).jpg
【顔にハートですみません】

またテレビ朝日のスタッフさんも何枚か写真を撮って下さって、自宅にキャビネサイズ
の写真を送って頂き感謝でした。

ウィーン少年合唱団は名声もあり、当時ファンもとても多く、なかなか個人的に会う
のは大変な時代でした。


一歩間違えば先生も主催のスタッフさんも「ファンは楽屋は入れませんよ」
そういう対応が当然だったかもしれませんが、先生はじめ、主催者の方々の
温かい対応には感謝しかありませんでした。
温かいご親切は、決して忘れませんし、そのお礼も兼ねて、是非シュタンゲルベルガー氏
に再会したい・・・コンサートも聴きたい・・応援したい・・・
そんな想いがあったのです。
親切にされたことは、何年経っても、忘れられないですね。


で・・晴れて「フェニックス少年合唱団新潟で交流コンサート」を行うことが出来ました。

詳しいことは、フェニックス少年合唱団滞在日記で
http://natal.seesaa.net/category/6965382-1.html

とにかく、シュタンゲルベルガー氏・・・
「少年たちには沢山歌う機会を持たせたい」
「多くの皆様と交流させたい」「学校の生徒さんとの時間も欲しい」


合唱団側のご希望だったので、ホストファミリーだけでなく、敬和大学の
学生さんが交流会にも参加下さって「じゃんけんリクレーション」
をやったり、すべてのスタッフもボランティア・・・そして本当に多くの
皆様のお世話になった。お手伝いくださった皆様も、そして勿論少年たちも
色々な出会いを持つことが出来て大喜びでした。

この時よね・・・
当時ウィーン少年合唱団の団員になったまさや君もご家族とコンサートにおいで下さった。
東京からも、何人かコンサートにおいでになって、交流会にも参加頂いた。

コンサート:1500円
交流会:500円
(お安く実費:飲み物・スナック付き。その代わり少年たちと遊んでね・・)



ところが 昨今、アメリカでもトップの『アメリカ少年合唱団』が団員不足で
休団を余儀なくされるとのこと・・とても信じられない。

1998年にアメリカツアーを行ってからDrakiesとアメリカ少年合唱団は
「兄弟合唱団」と言わしていたのですが、最近はそういう「声」も聞いて
いないなぁ〜と思っていましたが。



1998年のアメリカツアーでのDrakies






ウマコトって歌が大好き。最近歌ってくれないので、聞きたいなぁ

さて・・・さて・・・
フェニックス少年合唱団は、人数不足もなく元気に活動されているようですが
これからの活動にも期待しています。


今、ステイしたBoysとも交流は続いています・・またかつての団員の中でも
結婚した子もいます

我が家の2人の坊やたちは1人は大学生・・・もう1人は教会関連のお仕事を
されている。年月が経ったんですねぇ。

いつか、彼らに会いにアメリカにも行きたいですね。その一人、Sam(クリ坊)は
音楽も続けていて・・日本語も勉強しているようです。
有難うね・・・サムにジョッシュ
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blogramによるブログ分析
posted by natal at 11:02| Comment(4) | Phoenix Boys Choir | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
natalさん今晩わ!
フェニックス少年合唱団の映像、やっぱりプロですね!続を見てみたいです。
natalさん、凄い!だって、ホームステイをし、演奏会の計画を立て実行。大変だったでしょうね!
尊敬します。音楽会関係の仕事、数年やりましたが大変(給料の内でも)でした‼
アメリカン少年合唱団 、残念です。初来日の時(NHKの歌のメリーゴーラウンド?MUSICフェアかな?)キャロル・フリーマン・ジュニア君が少女のスタイルで歌ったのを覚えていますが・・・・昔のことなので勘違いしているかもしれないですが・・・・?
WSKスタイルでの演奏会だったように思います。
Posted by mieko at 2017年09月02日 19:41
natalさん ドラキーズ98年の動画、ありがとうございます。イグナス探しで目が疲れましたけど。笑

「umakot」私も好きです。ShosholozaのCDに入っていましたね。古いCDだから、今ではあまり歌わないのでしょうか? 聴きたいですよね。

miekoさん、アメリカ少年合唱団の記憶は、まちがっていません。実は私はすっかり忘れてしまいましたが、古い雑誌で見たんですね。キャロルとジョージ君かな。女子に扮して歌っています。彼らもWSKと同じようにオペレッタをやっていたんです。

フェニックス少年合唱団の映像は、テレビ番組のドキュメントのようです。自分でビデオを撮ってみるとわかりますが、プロのカメラワークは素人にはまねできませんね。こんな技術でドラキーズの川崎や鹿児島公演も見たかったなと思いました。
Posted by maa at 2017年09月03日 23:43
miekoさん

コメント有難うございます。
フェニックスも懐かしいのですが・・・
2003年のドラキーズのアメリカツアーにちょいと顔を出したのですが
結構、合唱団が盛んだったので、まさか老舗の「アメリカ少年合唱団」
が団員減少になるとか思いませんでした。
もっとも、2003年ってもう14年も前。時代も変わっているかもね。

わたし・・・コロンバス少年合唱団のことは知らないの。来日した
ことも(その頃は、まだ少年合唱団に関心なかったんだわ)
1967年からだから(でも、それも帰国してからなので、コンサートは
聴いてません)。
帰国後に関心を持ってレコード買ったり、古本屋で雑誌を買って
切り抜いたりしていました。そこで、過去に来日したコロンバス
とかハンガリーのラヨシュなども知りました。

でも、聴けなかったことで、悲しくて辛くて苦しかった
(でも、まだファンジャなかったんだもの。仕方ないね)。
で・・・1969年からは欠かさず来日公演は聴いてたのよ。

でも、今も、紆余曲折しながらも「音楽」とは離れずに居られること
Happyだと思います。
Posted by natal at 2017年09月04日 19:46
maaさん・・・・

フェニックスの交流コンサートは、今ならもっと大勢が来てくれたかも
しれないですね。少なくとも・・・6人くらい?
交流会があったり、教会でのコンサートが終わってからは公園に
連れて行って、皆を遊ばせたの。
「14歳の子が公園で遊ぶなんか、楽しむはずがない」というホスト
ファミリーの方もおられて(ホストファミリーの自由な時間なので)
公園には行かないご家族がいたのね。

でも、でも、とんでもなかったわ!

皆大騒ぎで、恥ずかしいくらい小さい子の遊具でも遊んでいました。
幅広くて大きな滑り台や、子ども用のシーソー、小さな自転車など。

子ども連れの母子さんに「滑り台を下から登って滑るので、子どもが
真似をするので困る」という声で、大急ぎで「下から登っちゃ駄目」
とか・・・ホストファミリーも私も、皆大慌て。
子どもってそんなもの(合唱団だからマナーも良いけれど、自由時間は
皆大騒ぎなのよね)。
実は先生たちスタッフは「同行」してなかったので、それもあって
羽目を外してたのよ(笑)。

でも、日本のホストファミリーが見守っててくれるので、安心もありました
し、色々な面で『交流』があってこその「楽しさ」だったと思います。

家族連れでの方々も微笑ましく見ていて、一緒に遊んでくれたり
良い思い出です。
色々な方々と触れ合えてこその思い出も、学ぶことも多いと思います。


Posted by natal at 2017年09月04日 20:04
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