2024年06月14日

「岩崎服装学院」ってご存じ?



新潟・服飾の歴史


もう「岩崎服装学院」といっても誰も知らないでしょう
老母の卒業した洋裁の専門学校です おそらく母は一期生では?

母の洋裁学校生活について、たまに聞いてはいましたが、卒業写真など
もう、手元になく・・・残念

岩崎服装学院・・・
第2次世界大戦が終わってすぐに新潟市に出来た洋裁学校です
母は、もともと洋服を作ることが大好きで、戦後、洋裁学校が
出来たと知り、真っ先に通うことにしたようです

勿論、仕事もしながら?

今も手仕事が好きな母ですが、最近は、なかなか思うように針仕事
もできなくなりました

そんな中…母の洋裁関連のものが大量に押し入れや棚から出てきて
また何か作る時?と溜めていた布地やファスナーや紐類

時々型紙も出てきましたが・・・その中でも、色褪せた紙の厚手のノートが
出てきたのです

なに?これ・・・とあまりの古さに「ゴミ箱」にポイッしようと思いつつ
ちょっと手にしてみた

あれあれ????????

相当古い!!岩崎服装学院時代の母のノートでした

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名前も旧姓(ってことは母は独身時代)

(クリックすると大きく表示されます)
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母の保管していた色褪せたノートからほんの数ページを抜粋して
ここでご案内してみました
古くて、紙にもシミがついて、決してきれいではありませんが
捨てずに取っておいた丁寧に記した型紙や、デザイン・・
母の想いが詰まっているのを感じます

終戦後・・新たに洋服を作るという意欲で洋裁を学んだ母

今、この色褪せたノートを見ながら、母の洋裁への想いに改めて
感動しています

まず、中を見なかったら捨てていたに違いないノートです

戦争が終わって、人々に洋服を作りたい・・という大きな目標
で洋裁学校に通って・・しっかり注文服を仕立てていました

私が小さい頃から高校生までの制服、大学時代の式服も手作りでした

今思えば、なんて贅沢で幸せな!と思うのですが、あの頃は
「わざわざ作らなくても、みんなと一緒に注文すれば良いのに!」
と思っていた私

今は、母の洋裁への想いを受け止めたいと思う自分がいます

岩崎服装学院から引き継いだ専門学校・・・
(現在:NSGグループ 学校法人 国際総合学園 国際トータルファッション専門学校)
1945年発足の前身となる岩崎服装学院の創設より引き継いだ
新潟県の服飾系の専門学校

私は、岩崎服装学院時代の歴史、写真や卒業生など、今の専門学校に
何か残っているか問い合わせました

本当に残念なことに「岩崎服装学院から引き継いだ時に全部処分しました」
との返答に、本当にがっかりでした

戦後の洋裁〜ファッション、大変な戦争を生き延びた人々が
「洋裁」を学ぼうと必死で頑張った時代、歴史

それをすべて処分してしまったという事実は本当に残念

フッと思ったのですが「断捨離」
「どんどん捨てることが大切!モノを捨てるメリット」等々

世の中は何でも「捨てる」ことが正解のような風潮の今

確かにね…自分のものは、どうしようがお好きにどうぞ・・・
でも戦後の人々の学びの「歴史」は残してほしかった

母に卒業の写真なども見せたかったのですが 
本当に残念



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2024年06月13日

アンネ・フランク 存命であれば95歳





『アンネの日記』のアンネについて・・

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アンネ・フランクは1929年6月12日にドイツのフランクフルトで生まれました
昨日は95歳の誕生日でした〜存命であれば

母は1927年11月生まれ・・ほぼ同年代だったのですね

残念なことにアンネはわずか15歳で収容所で亡くなりました

我が母は、戦争を生き延び、今の時代を生きています
もし、アンネがもっと生き延びていたら、どんな作家になって
いたでしょう?





そんな風に妄想に耽ることもありますが、もし彼女が生き延びたら
きっと「アンネの日記」は世の中に出なかったと思います

自分の日記は自分の心を正直に表現できるところ
それを出版などしないでしょうね

それにしても・・・・
私は初めてこの本を読んだのは、中学時代、朝の読書時間
同年代だったアンネの書いた日記にとても心を動かされ、なんとも言えない
感情を持ちました

ずっと年齢は離れていて、また時代も違っていましたが、とにかく
当時アンネに感情移入をした自分がいたのです

私の思春期に刺激を与えたアンネ、今でも愛おしいです!!




アンネは、手にした日記に「キティ」と名付け、隠れ家生活の前から
隠れ家の間の2年間日記を書き続けたのです


ホント・・お恥ずかしいけれど、私もそれに刺激を受けて日記に
名前なんぞ付けて日記を書き始めました

でも、正直・・・当時の私は、受験や勉強など悩みはありましたが
アンネのような特別な状況でない(有難いことに)平和な時代

何だか「話題に事欠くなぁ(幸せなことなんですが)」
と自分で思いつつ書いていました


当時、彼女の日記を読み進めていく中で、同年代の同じ気持ち
「初恋」やら「親との葛藤(アンネの場合は他人である同居人とも)」
など共感しつつ・・・一番理解できなかったことは「屋根裏部屋」での
生活について・・でした

日本の家屋は、今でこそ屋根裏部屋を物置にしたり、一般家庭でも
3階建てもありますが、私の子ども時代は、まだ日本家屋に
”人が立って歩き住める、屋根裏部屋”など無いも等しかった


本当の日本家屋の屋根裏しか思い浮かばず・・・本来イメージする
屋根裏でどうやって生活していったのか?とても不思議でした

アンネの隠れ家の写真などを見て、やっと納得!
ドアを本棚で隠した『隠し部屋』だったわけで・・・人が住めるわけだと!!

本棚をどけてドアを開け、階段を上って隠れ家の部屋に通じていたのですね


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そんな思春期に感銘を受けたアンネ・フランク


「一度はアンネの隠れ家に行ってみたい!」とずっと思っていますが
羨ましいことに、夫は3〜4か月ベルギーに出張していた時に「アンネの
隠れ家に行ってみた」と・・あ〜羨ましい!!

夫は、当時まだ「夫」ではなく、普通に英会話のお仲間だった頃なので
「良いな、良いな 羨ましいな」と思っていたくらいですが
今でも行きたいアンネが過ごし、日記を綴った隠れ家

きっとずっと年上のアンネでなく、身近なお友達のようなアンネとしか
感情移入できないけれど

でも・・・最近、彼女の少女時代の様々な写真を見ることがあり、その
幸せそうな少女時代の笑顔を見ると、ほっこりすると共に悲しさを
感じてしまうのです

アンネは日記を残してはくれたけれど、二度と、こういうことが
起きてはいけない!!


いつか・・・アンネに会いに行けるでしょうか?


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2024年06月06日

あれこれ最近のこと・・・



母と趣味

随分、温かくなってきましたね
でも涼しい時、暑い時、たまに肌寒い時・・

まだしっかり安定しない気温に振り回されています


さて、ちょっと思い出話を・・
今年3月に日本観光に来た南アフリカからの2人の友人

もう12年前はそのうちの一人イアン君がお泊りに来たのでした

クロスパル新潟でイアンによる「南アフリカ講座?」を行ってもらったっけ

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あ〜懐かしい・・・あれから12年!ってアッという間ですね
あの頃は、まだ夫が病気療養中(入院)だったのですが、イアンが来ると
いうので、私は「無理だよね」とお世話に自信がありませんでした


しかし、夫は私が主治医に相談する前に、本人が「南アフリカから友だちが
来るんだ」と伝えてあり、主治医も、何とか家に戻してあげたいと
努力してくれ、イアン滞在の為に家に戻ってきました

そして、私が東京まで迎えに行き、一泊で滞在、東京のめぼしい
ところを息子&友人のヘルプで観光させてあげました

そこから新潟市に連れて来たのですが・・・正直、十分にお世話できない
ちょっと申し訳ない日程でしたが、それでも夫にとっては、本当に
癒される時間だったに違いありません


ふっとこの時期になると思い出すのです


また・・・高齢の母の和室を整理していると、出るわ出るわ!!
洋裁師だった母の(仕事であり、趣味でもあり)布類や雑誌型紙等々

そして、昔の人らしく、たくさんのタオルを段ボールに入れて
どこかにかたずけていました

その割に、自分の好きなタオルを購入して使うものだから、しっかり
片づけていたタオルは真新しい


私は、しばらくタオル類は購入する必要がありません
真新しいタオルですが、色あせがあったり・・で洗濯して
使っています


母は最近、年老いてしまい、好きな裁縫もしなくなりました

注文服を作っていた頃とは違い、年齢を重ねてからは、自分の好きな」ものを
作りたい・・・と

お人形や、ポーチ、布のブローチなど、おまけに草鞋まで・・・
手作りが大好きだったので、いろいろ作っていました

それが、これ

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年老いてしまい、針を持たせるのも心配で、なかなか針仕事をさせられない
状況ちょっと可哀想かな?と思いながら
数年前は、針仕事したり、お正月には切り干し大根を作ったり
やりたいこと満載だったのですが

随分歩きも悪くなって・・・
色々考えることが多いこの頃です

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